【アイドラトリィ】1話感想後半│愛と狂気が大容量 ※ネタバレあり

『アイドラトリィ』作品情報

著者: 大鷹シン(原作)/ ホマレ(作画)
掲載誌: 週刊少年マガジン

 アイドルを語る新条絢子から後半を読み進めていく。

1話前半の感想はこちら

あらすじ

#1 ハルミ ジュンナ

推しアイドルの所属するアイドルグループが解散。主人公は推しが受けるオーディション番組のプロデューサーの家に乗り込んで、オーディションへの参加を強引に取り付ける

主要登場人物:陽見循奈/新条絢子

1話後半の感想

リミットブレイク

「愛の総量のリミットがぶっ壊れている人間が稀にいます」

 この一言から得られるワクワク感がすごい。
 一般的に言われる人間関係の限界は、知人で150人、友人50人、仲間15人、親友5人。150人を越える愛なんて、認知の限界や理屈すらひっくり返してしまわなければ到達できない。
 しかし間違いなく、この作品にはそういうアイドルが出てくる。「愛の総量がぶっ壊れているから、全ての人を愛して、全ての人の愛を受け止められるトップアイドル」が。
 常人を遥かに超えてしまった愛を、狂気を、読者に喰らわせてやろうという熱を感じる。先が楽しみになる一コマだ。

プリンちゃんと不法侵入

「…今日は待ちに待った月に一度の…プリンデ〜〜〜!!」

 新条絢子さん、素の方がかわいいよ。
 でもこの描写ってつまり、絢子さんには「ありのままで大量の人間から愛される」なんて状況に耐えられる愛はないってことだ。つまり、彼女は愛という土俵において普通の人間なんだと教えてくれている。

「おかえりなさい」

 普通じゃない人間が出てきた。
 不法侵入だ。この前後のシーンの循奈、素直に怖いよ。完全に狂人として描かれている。これはどうしてずっと笑顔なんだろうか。「アイドルとしての可能性を見出してもらうために、しっかりと笑顔でアピールしないとね」みたいな思考回路なのかもしれない。この状況で? 狂っている。

「歌います!」

 そうして突然始まるアピールタイム。こんなにどうかしているのに、歌い出すとまるで普通の女の子みたいだ。あるいは、「普通の女の子」であることが陽見循奈の正しい姿なのか。

愛のために

「愛」

 何に突き動かされているのかという問いに対する、循奈の一点の曇りもない一言の返答。美しくてかっこいい。
 ふわりという1人のアイドルへの愛のためだけに立っているその姿が、絢子さんにはアイドルの才能に見えてしまうという流れも美しい。
 狂気的にアイドルを愛せてしまう循奈こそが、「愛の総量のリミットがぶっ壊れている人間」だった。

まとめ

 この1話で見えてくる、アイドラトリィという作品の性質。愛と狂気に、明確な境界線がない。愛は狂気であり、狂気は愛であるということ。
 読んでいると自然と、上限知らずのその愛に惹き付けられてしまう。これが「トップアイドル」の魅力なのか……。

2話の感想はこちら

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